経済安全保障とは、ひと言でいえば、軍事だけでなく、経済活動を通じて国家や国民の安全を損なう行為やリスクを「起きてから対処」ではなく「起きにくくする」ための政策領域である。世界的にサプライチェーンが分断・集中し、輸出規制や紛争、災害、感染症などでモノや技術が止まり得る以上、エネルギーや医薬品、そして半導体のような基盤部材は、平時から備える必要があるという発想だ。こうした問題意識を背景に、政府は2022年に経済安全保障推進法を成立させ、経済施策を一体的に講じる枠組みを整えた。
この法律の中身は幅広いが、骨格は大きく4つの制度に整理できる。重要物資の安定供給、基幹インフラ役務の安定提供、先端重要技術の開発支援、そして特許出願の非公開である。つまり、モノを止めない、社会基盤を止めない、技術で遅れない、そして守るべき技術は漏らさない、という設計思想だ。 この記事が扱うのは、そのうち「重要物資の安定供給」の仕組みであり、企業が提出する「供給確保計画」を通じて、国が供給網の弱点を補強しようとする制度である。
半導体は経済安全保障の中で重要なものとして扱われている。第一に、半導体は自動車、スマホ、通信網、医療機器、工場設備、電力制御など、現代のほぼ全産業の“共通部品”で、代替が利きにくい。どこか一社・一工程で詰まると、完成品の生産が止まる。第二に、製造は巨額投資と高度な技術・装置が必要で、短期に増産や国内回帰がしにくい。第三に、供給が地理的・企業的に偏在し、地政学や災害の影響を受けやすい。こうした性質から、半導体は重要物資の候補として明示的に位置づけられてきた。実際、特定重要物資の指定候補の資料では、半導体は11物資の一つとして挙げられている。
加えて半導体は、単に産業の部材というだけでなく、先端計算能力や通信能力を通じて安全保障そのものにも影響する。高性能な先端半導体が軍事用途に利用され得るという認識の下で、製造装置の輸出管理が議論されるのも、この延長線上にある。実際、外為法に基づく貨物等省令の改正で、半導体製造装置のうち新たに23品目を輸出管理対象に追加する方針が示され、軍事転用防止を目的に全地域向けの管理対象に加える考え方が説明されている。 半導体は「供給が止まると困る」だけでなく、「誰が作り、誰に渡るか」が国際秩序にも影響し得る。
経済安全保障推進法で半導体が「守り」の対象になる意味
経済安全保障推進法の要点は、危機が起きてから慌てて確保に走るのではなく、平時に“弱点補強の投資”を促す点にある。半導体のように、供給不足が顕在化した後では増産までに時間がかかる物資ほど、この考え方が効いてくる。制度としての特徴は、単なる補助金ではなく、計画の提出と認定を通じて「どこをどう強くするのか」を可視化し、効果が見込める取り組みに資源を寄せるところにある。
経済産業省は半導体分野について、安定供給確保を図ろうとする者が、半導体等の安定供給確保のための取組に関する計画(供給確保計画)を作成し、経済産業大臣に提出して認定を受ければ支援を受けられる、としている。 対象は「半導体の完成品」だけではない。認定対象は、半導体素子・集積回路そのものに加えて、その生産に必要な原材料、部品、設備、機器、装置、プログラム等まで含み得るとされ、従来型半導体、半導体製造装置、部素材、原料など、供給基盤の整備・強化に該当する取組が対象になり得る。 つまり国が守ろうとしているのは「特定の製品」よりも、サプライチェーンが機能し続けることそのものである。
この発想は、民間の効率化とはしばしば逆方向を向く。企業は通常、単価が安い調達先に寄せ、在庫は絞り、設備投資は稼働率を高める方向に最適化する。しかし、偏りは途絶に弱い。経済安全保障の制度は、社会にとって致命的になり得る途絶リスクを減らすために、冗長性や代替性、継続供給能力といった“保険”を、政策のインセンティブで作らせる仕組みだと理解すると分かりやすい。
供給確保計画の実務と支援が生まれる条件
供給確保計画は、企業の希望を並べる作文ではなく、「途絶の起点」を特定し、そこを補強するロジックを示す設計図である。計画の核心は、どの品目・工程・装置・材料が途絶しやすいのか、その途絶が起きたときにどれほど社会・産業への影響が大きいのか、そして自社の投資や体制整備でリスクをどう下げるのか、を一つの筋にすることだ。計画が筋を持たないと、補助を出しても供給安定に効かない。逆に筋が通れば、国は支援を正当化でき、企業は投資の採算を取りやすくなる。
評価の考え方については、サプライチェーンの供給途絶によるリスクの緩和につながるかを総合的に評価し、安定供給確保に十分効果的と認められる必要がある、とされる。 つまり「投資額が大きいから採択」ではない。たとえば、特定装置が一社依存なら代替機の確保や保守体制の二重化が可能か、材料が特定国・特定企業に偏っているなら複線化や国内製造への切り替えが現実的か、災害リスクが偏っているならバックアップ拠点や工程分散ができるか、といったリスク低減の設計が問われる。
供給確保計画の認定を受けた場合、助成に加えて、長期・低利の財政融資を原資とした融資(ツーステップローン)、株式等引受、信用保証などの支援を受けられる。 ここから見えるのは、国が「設備投資を一部負担する」だけでなく、「資金調達の形」まで含めて供給網強靱化を後押ししようとしている点だ。半導体関連投資は金額が大きく回収期間も長い。資本コストが上がる局面では、投資の実行性そのものが揺らぐ。金融支援の多層化は、供給確保を“実行可能な投資”に変えるための設計と思われる。
輸出管理との接続と企業の課題
経済安全保障の議論をもう一段難しくするのが、供給確保と輸出管理が同じ地平で動く点だ。供給を守ることは、国内に作れる能力を増やすことでもある。しかし同時に、作れる能力や装置・技術が、国際的な安全保障上のリスクに結びつき得る以上、どこに、何を、どの条件で渡すかの管理も強く求められる。半導体は民生品の塊でありながら、用途次第で軍事転用の可能性を持つ「典型的なデュアルユース」領域だからだ。
この文脈で象徴的なのが、半導体製造装置に関する輸出管理の強化である。CISTECが整理した資料では、軍事転用防止を目的に、外為法に基づく貨物等省令を改正し、新たに23の半導体製造装置について全地域向けの輸出を管理対象に追加する予定であることが説明されている。 企業にとっては、販売先の国だけでなく、用途やエンドユーザー確認、申請・許可対応、社内審査体制の整備など、コンプライアンスを含む実務が重くなる。さらに、経産省は安全保障貿易管理の改正情報を継続的に公開し、施行日程や申請の事前受付、関連する政令・省令・通達の改正点などを示している。 ルールが動く領域だからこそ、一次情報の継続的なフォローが企業側に求められる。
結局のところ、企業に求められるのは二つの両立である。第一に、供給を安定させるために、調達先や生産体制を複線化し、在庫・保守・代替性を含めて途絶リスクを下げること。第二に、輸出管理や用途管理を強化し、技術保有国としての国際的な責任を果たすこと。前者は冗長性や投資を要し、後者は人材と運用コストを要する。どちらも短期的には負担だが、途絶や違反が起きた際の損失は、いまや企業の損益を超えて社会や取引継続に波及し得る。
Source: cio.com
